ワクチンの働き
細菌やウイルスなどの病原体によって引き起こされる、さまざまな感染症への対策として使用されている現在のワクチンには、大きく分けて「弱毒化生ワクチン」と「不活化ワクチン」がある。
弱毒化生ワクチンは病原体の毒性を弱めたものをもとにして製造されるもので、具体的にはMMR(麻疹・おたふくかぜ・風疹)や結核などのワクチンがこの種類だ。一方、不活化ワクチンは病原体の感染する能力を失わせたものを材料として製造されるもので、動画で紹介されていたサブユニットワクチンはこの一種である。HPVの他、インフルエンザウイルスやB型肝炎、日本脳炎などの感染症に対するワクチンはこちらの方法で製造される。
不活化ワクチンだけでは十分な量の抗体を体内で作り出せないことが知られている。そのため、不活化ワクチンには「アジュバント」と呼ばれる物質を添加し、その物質が刺激になって免疫の働きを高めている。例えば、B型肝炎ワクチンにはアジュバントとして水酸化アルミニウムが添加されている。
全く新しいタイプのワクチン
現在、世界中に感染が拡大している新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のワクチンのうち、2020年に海外で認可され、日本でも2021年2月から接種が始まったワクチンは、上記のいずれの種類でもなく、全く新しいメカニズムのワクチンだ。
感染を防ぐためには、動画で紹介されていたとおり、抗原に対応する抗体が存在しなければならない。抗原は鍵、抗体は鍵穴に例えられ、それぞれの抗原に特有な抗体が生成されることで感染を防ぐ。弱毒化生ワクチンも不活化ワクチンも、病原体の抗原がワクチンに含まれている。
新型コロナウイルスのワクチンは、mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンと呼ばれるもので、ワクチンは抗原ではなく、mRNAが含まれている。新型コロナウイルスのmRNAは、ウイルスから抽出したものではなく、ウイルスが持つものと全く同じものを人工的に合成したものだ。
このmRNAをヒトに投与すると、ヒトの細胞がmRNAを読み取って、新型コロナウイルスの一部であるタンパク質(抗原)を作り出す。すると、このタンパク質はヒトには本来存在しないもの(異物)であるため、この抗原に対応する抗体が作り出される、ということだ。
つまり、従来のワクチンは抗原を接種するもの、mRNAワクチンは抗原そのものをヒトの体内で作り出すためのmRNAを摂取するものという違いがある。
mRNAワクチンの特徴
このmRNAワクチンのメリットは、ウイルスの遺伝情報が分かれば数週間でワクチンを開発することができる、という点だ。ウイルスなどの病原体は変異することがあるが、変異した場合でも遺伝情報さえ入手できれば、速やかに新しいワクチンを開発することが可能という。従来の方法でワクチンを製造するためには、数年から場合によっては十数年の期間を必要とする。短期間でワクチンを製造できることは、新興感染症などの発生時には効果的な対策になる。
一方のデメリットは、このワクチンはこれまで人類が未経験のものであるということだ。従来のワクチンは長い歴史に及ぶ接種データの蓄積があるが、mRNAワクチンにはない。もちろん、ワクチンの使用が承認されるためにはそれぞれの国家で治験のプロセスが必要とされる。今回新たに開発されたmRNAワクチンについても治験が行われ、安全性について確認されている。しかし、治験では接種後数カ月の状況しか明らかにならないため、抗体がどれほど持続するのかなど、長期間の経過についてはまだ分かっていないが、現在、盛んに研究が行われている。
新型コロナウイルスに対するワクチンは、従来の方法によるワクチンの製造開発も行われているが、治験の終了までにはまだ相当な時間が必要だ。人類が未経験という種類のワクチンではあるが、ワクチン接種に対するメリットとデメリットを比べて、どのような選択をするかを各人が判断しなければならない。あふれる情報の中から、信頼できる情報を私たち自身が収集して判断する力が試されているのかもしれない。
出典; ワクチンの働き