晴れた日に永遠が見える:On a Clear Day (You Can See Forever)

”晴れた日に〜〜”は、1970年のアメリカのミュージカル・ファンタジー映画タイトル。超能力のある女学生が禁煙したいがため精神科医の催眠療法を受ける、が 催眠の最中、突然彼女は前世を思い出す〜〜、最終的にこの女学生と精神科医は、来世で晴れて一緒に。

本題に入るね。私はある人物(多分、男性)について書こうと思う。この男性は、これまで三回私の夢の中に現れた。とにかくオシャレ、黒のスーツをピシッと決め真っ直ぐにしっかり立っている。よくある山高帽を被って、端正で無表情の顔立ちはどう見ても何かの化身。しかも、何系とか何国人などのヒントも通用しない。精巧なロボットに近いけど、マネキンっぽくもある。といって、宇宙人というのではない。

いつだったか椎間板ヘルニアを患い、身体全く動かせず半立ちで固まってボーっとしていた時の夢うつつ;私は歩けないので飛ぼう、と思いついた。だだっ広いターミナル駅のコンコースの上を飛ぶ。でも私の眼下には人っ子一人いない。明るいコンコースが幅の広い階段に向かった。ふわふわ漂いながら階段を見下ろすとそこにこの ”男” が立っている。飛んでいる私を見上げてにっこり会釈してくれた。。。

そんなに前じゃない、普通の夢に普通に現れた;寂しい薄暗い大地に棺おけ状の箱がザーッと果てなく並べられている。皆、それを一つずつ与えられている。中は概ね、小柄な私が背伸びできて両手も半折りで収まるサイズ。これから私たちはこの中で暮らすんだ、誰かが私の箱の隣に突っ立っている。顔を見るとこの ”男” だった、、、(今思えば、何かの予知夢にも通じる)

とりあえず最後は数年前、ビスビーでの夢; (とは思えない、夢と現実に位置する世界?)暗がりの中、何者かが、私たちの小屋のドアをガタガタさせて侵入寸前!私は大声で、誰だー!とか 止めて〜 とか喚いた! 暗闇の広い敷地の向こうはフェンスで無人の空き地につらなっている。私は追いかける。その侵入者は如何にもこうにも例の ”男” だった。高いフェンスを曲芸師みたいに飛び越えて何処かへ行ってしまった。実際に私とオリンの住んでいたメキシコボーダー、過疎地のビスビーの小屋が そっくりそのまま寸分違わぬ不思議な夢。

〜〜〜、映画を解説させたら並ぶもの無し、私の大好きだった淀川長治氏はいくつもの超常体験をされたらしい。その中で、私の好きなエピソードはこれです。

シニガミ、水先案内人、

『生死半半』(淀川長治)「延命治療について」  昭和四十四年(1969)十二月。夜、激しく咳き込む母の背中をさすっていた時、「私(淀川長治)」の目に、はっきりと死神の姿が見えた。信じてもらえないかもしれないが、部屋の四隅に、鼻先のとがった悪魔みたいな奴らが座っていた。「私」は思わず、「まだ連れて行ったらいけません。もう半年待って」と言った。それからちょうど半年後に、母は死んだ。あの時、「あと五年待って」と頼んでおけば、母はもっと長生きしたかもしれない。 

とても大切な二人 、 再び8月27日/ 2022

捻じ曲がってどこから手をつければ良いのやら、”私” という有様、その真実の集大成の解明の旅を無意識に促してくださった 唯一無二の恩人である Y. N. さん。和歌・短歌・現代詩・仏教教義・ジャズ・前衛・藝術に造詣深く、類まれな誠実な人。私の全生涯でこれほどに謙虚な人を私は知らない。

Y.N. さんのお気に入りの詩人、谷川俊太郎 『62のソネット』から#62

世界が私を愛してくれるので
(むごい仕方でまた時にやさしい仕方で)
私はいつまでも孤りでいられる

私に始めてひとりのひとが与えられた時にも
私はただ世界の物音ばかりを聴いていた
私には単純な悲しみと喜びだけが明らかだ
私はいつも世界のものだから

空に樹にひとに
私は自らを投げかける
やがて世界の豊かさそのものとなるために

……私はひとを呼ぶ
すると世界がふり向く
そして私がいなくなる

〜〜 こちらは同じく8月27日生まれの日本を代表して余りある宮沢賢治。”世界”を通り越して”宇宙”と同等の果てのない概念。おそらくはその前世で類い稀な高僧ではなかったか?そしてどこかY.N. さんと宮沢賢治は私の中で双子のように重なっている。『目にていふ』は、賢治の死後、弟・清六に発見された。『群像』昭和21年10月創刊号より〜〜

だめでせう
  とまりませんな
  がぶがぶ湧いてゐるですからな
  ゆふべからねむらず
  血も出つづけなもんですから
  そこらは青くしんしんとして
  どうも間もなく死にさうです
  けれどもなんといい風でせう
  もう清明が近いので
  もみぢの嫩芽(わかめ)と毛のやうな花に
  秋草のやうな波を立て
  あんなに青ぞらから
  もりあがつて湧くやうに
  きれいな風が来るですな
  あなたは醫学會のお歸りか何かは判りませんが
  黒いフロックコートを召して
  こんなに本気にいろいろ手あてもしていただけば
  これで死んでもまづは文句もありません
  血がでてゐるにかかはらず
  こんなにのんきで苦しくないのは
  魂魄なかばからだをはなれたのですかな
  ただどうも血のために
  それを言へないのがひどいです
  あなたの方から見たら
  ずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
  わたくしから見えるのは
  やつぱりきれいな青ぞらと
  すきとほつた風ばかりです

貨物列車:Freight train

私のお気に入りは、ここ ニューバーグの図書館。ハドソン川に面して大きくクリアなガラスの窓が、差し渡し真横に伸び、快適な椅子に座ってラップトップを広げる。老眼なのに、対岸の電車;メトロノース・ハドソン線がビーコン駅を通過したり停車するのも見えるし、ビーコンの美術館 も見える。

ハドソン川のこちら側、眼下には規則的に行き来する貨物列車が走る。ほとんど気にも留めないけれど夜中や明け方、家の隣を走ってるの?と錯覚するくらい警笛が耳に飛び込み、唐突に何か形状し難い胸苦しさ、郷愁といった感覚に襲われる。

鉄道、列車、夜汽車、は古今東西、唄にも詩にも文学にも映像にも定番だし、そこに始発駅・終着駅(生・死)といった象徴的概念も加わって、通過駅、乗り換え駅、各駅やら急行、特急も、それを選ぶそれぞれの生きざまの速度なのかなあ。今更ながら私の越し方で、駅と駅の間を走り抜けた人生、それらがいよいよ愛おしくなってきている。

銀河鉄道の夜/Milky Way Railroad 夜が明けたら/浅川マキ・Maki Asakawa Hear My Train A Comin’

Here Newburgh Free Library is one of my favorite places. A large, clear glass window facing the Hudson River stretches right in front of me, sitting in a comfortable chair and unfolding my laptop. Even though my old eyes, across the river I can see the Metro-North Railroad Hudson line passing and stopping at Beacon Station, also Dia Beacon (Art Foundation) too.

This side of the Hudson River, under my eyes freight trains come and go regularly. I hardly notice it, but in the middle of the night and at dawn, the distant horn jumps into my ear, I wonder what is the train running next to my house? Suddenly something difficult to explain with emotion shaking my soul and nostalgic feeling.

Railroads, trains, and night trains are classics in songs, poetry, literature, and movie/images with the addition of symbolic concepts such as the first station and the last station (life / death), passing stations, transfer stations, local trains, express trains, bullet train—I wonder if it is the speed of each life that people choose. Even now, in my way, a life that ran between stations (the highlights), the parts between stations are now a bit more important and getting acceptance and love.

ニューヨーク、ですね?:It’s New York, isn’t it ?

病院の付き添いは緊急でもなく、私は一人、暑い青空の下をチャイナタウンに行く。ちょっと必要な買い物も終え、それでも時刻はオリンと落ち合うにはたっぷり残っている。建物の影を選びながら、杖を片手に3番街を北上する。

ニューヨークに出向くときは ”転ばぬ先の” 杖は離せない、とはいえ今回もレジに杖を置き去りにして、お客さんやレジの女性に『あんた〜!忘れてるよー』って杖を指さされた(笑)。何やら、とうの昔にニューヨークにいる緊張感・甘美な自己満足感は消え去り、日々の記憶と習慣、加えて、碁盤の目のように規則的に縦横を走っている通りにも助けられ、歌を歌い、ぼんやりと想念を追いかけ、汗をぬぐい、”年をとるってこういうことかな” となんだか面白くなってくる。大好きなお友達、皆に会いたいけど帰りのバスが待っている。

プリンス・ロジャー・ネルソンのことを考えていたら目の前が ”プリンス通り” だった。ハウストン通りとスタントン通り、リビントン通り、そして3番街。この一帯が当時の私の存在の証。

いっとき住んでいたバワリーのロフトは程なくピカピカな画廊になり、今日、久しぶりに通りかかると画廊は何処へやら? 全体が改装の真っ只中になっていた。

今は飛び切りに土地の高騰する一等地。美術館やレストランやマーケットが連なり、20年前の記憶と交差する。あの頃、ロフトの裏は広大な空き地に鬱蒼と灌木がかぶさり、野犬が群れなして吠えていたっけ。ロフトでは何度か妖精を見たよね。既に雨漏り激しく床も崩れる寸前の暗いロフト内で、私は蝶々が飛び交うのを見た。何??小さな妖精さんたちじゃないの!!?? 複数回みた。

あの時の妖精たちに頼んだことが、そして感謝の気持ちから当時のロフトオーナーに縫ってあげたトンデモ服が、今になってそれらがロフトオーナーをシンデレラボーイに変えた。奇異な小説のようだけど本当の話。

It’s not important that I stay near the hospital, so I go to Chinatown alone under the hot blue sky. I’ve done some necessary shopping, but I still have plenty of time to meet Orin. While choosing the shadow of the building, I walk north on 3rd Avenue with a cane in one hand.

When I go to New York, I can’t let go of the cane that “doesn’t fall” however, this time as well, I left the cane at the cash register so was told by the customers and the cashier “Hey you! You forgot!”— they pointed at my cane (lol). Somehow, the tension and luscious self-satisfaction that I had in New York long ago disappeared already. As well as the streets that run regularly like grid, helped by my memories and habits. Singing songs, vaguely chasing thoughts, wiping sweat, and “I wonder if this is what it means to get older” becomes somewhat interesting. I want to meet my favorite friends, but the return bus is waiting.

When I was thinking about Prince Rogers Nelson, I saw “Prince Street” in front of me. Houston Street, Stanton Street, Rivington Street, and Third Avenue/Bowery. This area is a proof of my existence at that time.

The loft where I lived for awhile soon became a luxury gallery, and today I passed by after a long time, where did the gallery go? The whole building is in the middle of a renovations.

Now it is a prime location where the price is soaring. The museums, restaurants and markets are lined up, and intersect with the memories of 20 years ago. At that time, the back of the loft was covered with dense vacant lots and shrubs, and stray dogs were barking. I saw fairies several times in the loft. I thought butterflies flying in the dark loft, which was already leaking and the floor was about to collapse. What? Not the butterflies but they were little fairies! !! ?? I’ve seen it multiple times.

What I asked the fairies at that time, also all of my appreciation and feeling of gratitude to a person who was the loft owner at that time – I sewed several eccentric funny clothings for him. Now these old clothings have turned the loft owner into a Cinderella Boy. It’s like a strange novel, but it’s a real story.

抜歯考:Consideration of tooth extraction

小さな陶器のカップの中の、高濃度の食塩水。随分と大胆に何かがその底に転がっている。先ほど抜いてきた私の『オヤシラズ』。

22年前、やむなく抜歯した奥歯のその隣がみるみる勢いづいて、突如、『親知らず』出現!邪魔者がいなくなったので外に出てきたんだろう。その『オヤシラズ』がこのところ炎症を起こし、飛び上がる痛みは脳の痛点を間断なく攻撃して、全く眠れたものではなかった。

22歳の『親知らず』は、そのまま22年間のニューヨーク・サバイバル人生を私と共に過ごし、楽しい時も悲しい時も常に私に寄り添って、苦楽を共にしてきた、、、感傷に浸っていてもどうにもならないのね, 歯の手入れを怠っていたのだから。

食物の消化を助ける最初の一歩、での、”咀嚼・そしゃく” ”嚥下・えんげ” は、歯無くして成り立たない。まばたきも呼吸も無意識の臓器活動も、全てが一人の人間を円滑に機能させるために絶妙なメカニズムで呼応し合っている。

インプラントにするべきか、食事をさらに消化吸収の良いものに変えつつ、残っている歯を大切に使うか、笑っているようにも見える『オヤシラズ』をひたすらボーッと眺めている。

High concentration salt water in a small pottery cup. Something is rolling to the bottom quite boldly. My “Oya-shirazu/wisdom tooth” that I pulled out earlier today.

Twenty-two years ago, the tooth next to the back tooth that had been unavoidably extracted was gaining momentum. Suddenly, “Unknown” wisdom tooth appeared! I think it came out because there were no obstacles. The “Oya-shirazu/wisdom tooth” has recently become inflamed, and had jumping pain continuously attacking the pain points in my brain so I didn’t sleep at all.

The 22-year-old “wisdom tooth” had spent 22 years in New York survival life with me. We’ve always been close to each other, having a hard time or joyful time together… It doesn’t matter if I am in sentimental regret of losing it, because I neglected to take care of my teeth.

The first step to help digest food, “chewing / biting” and “swallowing”, cannot be achieved without teeth. Blinking, breathing, and unconscious organ activity all respond to each other by an exquisite mechanism for the smooth functioning of a single person.

Should I chose to get an implant, or should the remaining teeth be used carefully while changing the diet to one that is more digestible and absorbable? I’m just staring at “wisdom tooth” which looks like it’s laughing.

オリンの手のひら: Orin’s Palm

この数年のコロナ事情で、、いや、ちょっと待てよ、それより前の2018年の6月以降、アリゾナに引っ越した時から諸々で再び東海岸に戻ったのが2019年の秋。ニューバーグに居を定めて今に至るもほぼ毎日、オリンと過ごすことが続いている。

私たちが出会ったのは2007年のお友達のアートオープニングだった。彼の名前は共通するアートセンターの関係で知っていたが、なぜか ”おりん〜お鈴” と日本の女性名で変換していたものか、オリン=女性、と信じていたので目の前の男性が当の本人などとは思いもよらず、それまで何度か問い合わせのイーメイルしていたのに、Mr. と書かず, Mis. にしていたのですよ。

なんだかんだ言っても15年(この3年半はほとんど一緒)という月日は短いのかちょうど良いのか、人生も終盤に巡り合っているのでメラメラした火の粉の勢いは消え去り、オリンはすでにオリンじゃなくなっている。なんだか私の父親、母親、双子、親友でありソウルメイト、喧嘩仲間、などなど。相反する考えや意見も多いので今はお互い諦めている(笑)。

仲良くなりたての頃、手をつないだときの驚き!!これだ、これだ、あたしが長年探していたものは!! 物心つくあたりの不思議な懐かしい感触が蘇る。私が死ぬ時に ”誰か”の手を握って、”あー、面白い人生だった、ありがとね、じゃあ行くね” と。 その誰か, の掌の感触だったわけなんです、オリンの手のひらは!!

オリンの強靭な身体は、必ず危篤から立ち直る。薬や医療と上手に付き合い、同時にそれらに頼らず自己治癒力と免疫力を強化しようね、って言い合っている。魚座生まれのオリンくん/おっさん/おじさん/お爺や/お父さん/おかーさん、私と一緒にいてくれて本当にどうもありがとうね。

Due to the corona situation in the last few years, No! wait a minute, since June 2018, when we moved to Arizona, then we returned to the east coast again in the fall of 2019. We have settled in Newburgh and I have been spending time with Orin almost every day.

Is the 15-year period (almost 24hours stay together for the last three and a half years) short or just right? We have met each other since we were old, and the momentum of the sparks feelings of our hearts have been replaced by calmness, and Orin is no longer Orin. He is as if my father, mother, twins, best friend, soulmate, and fighting companion, etc. There are many conflicting ideas and opinions between us, so we are giving up on each other now (lol).

We met at a 2007 friend’s art opening. I knew his name because of the common art center, but for some reason I believed that it was converted to “Orin-Osuzu(bell)”, a Japanese female name, Orin must be a female. I didn’t think that the man in front of me is the person I had emailed inquiries several times before, I didn’t write to him Mr. but made it Miss.

Very beginning, I was surprised when I held his hands! !! This is, this is, what I’ve been looking for so many years! !! A mysterious and nostalgic feeling was revived. When I die, I will hold the hand of “someone” and say, “Oh, it was an interesting my life, thank you, let me go.” It was the feel of someone’s palm, the palm of Orin! !!

His tough body will surely recover from the critical condition. Let’s get along well with medicines and treatment, and at the same time strengthening our own self-healing power and immunity without relying on them. Orin, born in Pisces / Uncle / Grandpa / Old man / Dad / Mom, thank you very much for being with me. Here is a video of our hands dancing : https://orinbuck.com/video/hand-dance

トリさんとは何だ?: What is Tori-san?

トリさんとは誰だ? 私の母、かけがえのない人、終生の心のパートナー。トリさんは2004年に他界するまでの83年間、平坦であるべき道を、なんの理由か ”英孝”と呼ばれる、この重い荷物を背負い込んで歩いてきたような人生。

思い出すトリさんの持ち物は、糸だの足踏みミシンだの毛糸や編み棒。リボンフラワーの材料やら千切り絵用の和紙、鉢植えランは数限りなく、お気に入りの本もインコやトカゲも一緒くた。腕を通す事のなかったセーターやら衣類。身につけずに終わったアクセサリーやら殆ど着なかった和服一式やら。

自分の人生を邪魔されまいと,トリさんは甲斐性なしの男から離れようと、幼い私たちを守り逃亡を図るのだけど、彼女の上に図々しく胡座をかき競馬新聞を眺め、女たちの尻を追いタバコをふかし、金を使い果たし暴力で脅す男、英孝。トリさんの連れ合いで私の父親。

それでも私が英孝を受容できるのは、彼がアナーキストだった事、社会のなんたるかを身をもって教えてくれた事。英孝自身の背負いきれないトラウマは家族愛のなんたるかを学ぶ事もできず、それを私は理解する。最大限の彼の本能は、甘え切れる、決して自分を放り出さず、永遠の母であり女神である女性、トリさんを引き寄せる。

こんな連れ合いと半世紀も別れもせず、すべて看取ってその後10年を経て、強靭で不屈の精神を持ちビジネスの手腕に長け、与え続けたトリさんは力尽きて逝った。

見初められての否応無しの結婚とはいえ、離婚という健全な選択もあったろうに、「アタシも、皆から玉の輿などと羨ましがられ、いい気になっていたんだね。その誤まった決断を一生、受け入れるしかない。これはアタシの責任なんだ”」との変てこな理由も、共依存か何かの愛か典型的家庭内暴力の弊害か、執着か前世の約束事か、そのすべてだったかもしれない。どうにも、あの古典名画、”道”の、ザンパノとジェルソミーナに重なってしまう。ただしトリさんは負けん気の勝る自立した人だったけど。

今も私は、コンスタントにトリさんの夢を見る。古い大屋敷の屋根を忍者のように飛び跳ね、逃げ惑う彼女は泣きながら「もう嫌だ!死にたい!」と駄々をこねたり、海の向こうに仲良くトリさんと英孝、二人で住んでいて、遊びに来るよう私を誘ったり。これは夢でなく現実に、私が椎間板ヘルニアで身動きできなかった時、二人して私の眼の前に現れ、見舞ってくれたり。(いわば幽霊?)

こうした両親を今はありがたく思い、感謝しているけど、”なんだかなあ〜”。反面教師から、私はどこまで学んできたのか?

Who is Tori-san? My mother, an irreplaceable person, a lifelong heart partner. For 83 years until her death in 2004, Tori-san could be walking on a flat road, but she had been carrying heavy baggage, called “Hidetaka” for some reason.

Tori-san’s belongings were threads, a foot-operated sewing machine, yarns, and knitting sticks. There were countless materials for ribbon flowers, Japanese paper for shredded pictures, many potted orchids, her favorite books, parakeets and even lizards. Sweaters & clothings she didn’t wear, accessories that she didn’t put on, and a kimono set that she didn’t wear often.

To keep her life undisturbed, Tori-san tried to protect her 3 children and tried to escape from the unworthy man, but Hidetaka, who sits scratching his crossed legs and looks at the horse racing newspaper, chases the women’s hips, smokes cigarettes, using all the money and threatens us with violence. He was Tori-san’s husband and my biological father.

Still, what I can accept about Hidetaka is that he was an anarchist and taught me what society is all about. I understand that because of his own unbearable trauma he could not learn what family love is, and his utmost instinct was to attract someone to spoil and never reject him, an eternal mother and goddess for him, Tori-san.

Tori-san stayed with such a companion for half a century, and she took care of Hidetaka. Ten years after taking care of everything, Tori-san, who had a strong and indomitable spirit and was good at business, was exhausted and died.

Even though it was a desired marriage, there would have been a wise choice of divorce, but “I was envious of everyone because I married into a wealthy family, I was in a good mood. It was my mistake, so I have to accept my thoughtless decision for the rest of my life. It’s my responsibility. ” This her funny excuse was all about codependency, some kind of love, attachment, typical domestic violence pattern, her regret for a wrong marriage, or their past life promises. Maybe all came together, I mean. They were like ZAMPANO & GELSOMINA (La Strada), but of course Tori-san wasn’t like Gelsomina’s personality, Tori-san was very a powerful and strong minded woman, anyway.

I still have dreams about Tori-san constantly. She jumped like a ninja on the roof of an old mansion and runs away, crying and hating, “no way that is my life! I want to die!” or, Tori-san and Hidetaka live together over the sea, and invited me to come and visit. This one isn’t a dream, it’s a reality: when I couldn’t move because of a herniated disc, they both appeared in front of me and encouraged me to get back my health.(Yes, ghost?)

I am grateful and accepting of my parents, but “I wonder what it is”. On the other hand, how much have I learned from them (like bad/good example)?

恐怖という想念の耐え難い重さ・The unbearable weight of the idea of fear

いつだったか、クイーンズはサニーサイドの親友のところでの体験を思い出す。

私と彼女はちょっとしたセッションをしており(のちに書きます)、その暖かい夜も雑談している最中に突然眠くなった。すると、まぶたの裏側にあろうことかとんでもない大きな塊というのか、渦巻きというのか、エネルギーのすべてというのか、その途方も無い塊が私に向かってくるようで、とっさに目を開けた。彼女曰く、「あ、ごめんね、早苗さん。あなたが居眠りはじめたのかと思って、すごくケアフルに、早苗さんの後ろの窓をちょっとだけ閉めようと思ったの。起こしちゃった?」

そうか!!人が、ちょっとしたことを考え、それに沿った行動をその方向に動かす、ということは、これほどまでに、見えざる凄まじいエネルギーが動いているのだ!!彼女は、ただ単に窓を閉めよう、と考え、それを実行しようとしたにすぎない。しかも、それを居眠りしかけた私の邪魔にならぬように、そっと。

人は言う。あなたの想念・言葉に気をつけるように、と。それは必ずこの3次元界で実現化する、と。想念も言葉も何から何まで、この私たちの世界はエネルギー化した波動で構成されていて、故に、ここに意味や方向を付加することで、途方も無いパワーが生まれ、そのエネルギーの総体が現実の物体、という堅牢な波動体を作る。

私たちが、”コロナという現象” から自由に、そして本来の個々人の免疫力を取り戻し、ワクチンを打った打たないというアパルトヘイトのような分断に翻弄されず、同時に個々人の生命を尊重し、個々人の愛と豊かさに戻るのは、まず、”恐怖” という想念の総体をじっくり考えるのが良いのかな。感染=恐怖=死 或いは、免疫力=健康=生、

なんであれ、私たちの想念が現実を作ってゆく。。。。

At some point, I remembered my experience with my best friend in Sunnyside, Queens.

I and she had a short session (which I’ll write about later) and suddenly I fell asleep while chatting on that warm night. Then, whether it was a ridiculously large lump on the back of the eyelid, a swirl, or all of the energy, the tremendous lump seemed to come toward me, and I opened my eyes. She said, “Oh, sorry, Sanae-san. I thought you were starting to fall asleep, and I thought I’d be very careful and close the window behind you. Did I wake you up?”

Oh, Yes! The fact that people think about small things and move their actions in that direction means that invisible, incredible and tremendous energy is moving! !! She just thought she would close the window, and she just tried to do it very carefully. However even her tiny action/thoughts turned to absolutely unbelievably big energy!

People say, be careful of your thoughts and words. It will surely be realized in this three-dimensional world. From thoughts and words to anything, this world is made up of energetic waves. Therefore, by adding meaning and direction into your thoughts, tremendous power is created. The total energy creates a real object, means creates a robust wave body.

What can be done so that we are free from the “phenomenon of corona” and regain the original immunity of each individual, and are not at the mercy of apartheid-like divisions such as vaccination and non-vaccination, and at the same time respect the lives of individuals. To return to the love and abundance of our origin, it is better to think carefully about the whole idea of “fear”. Infection = fear = death, or, get back your immunity = get right back your health = get back your true life,

Whatever, and whichever our thoughts create reality. .. .. ..

臨死体験・My near death experience

昨年の2月ヒョイっと足を滑らせ、あろうことか、私の左足の大腿骨がめちゃめちゃに!手術前、激痛でモルヒネも効かず, 何とか全身麻酔から目覚めると、私は晴れてサイボーグになっていた。

手術を挟んだ1週間ほどは、ありとあらゆることが満載で、メモを読み返してもその順番がつかめない。ので、この臨死体験(なのか夢現つか)の日にちは不明ではあるが、確か, 病院から戻ったその夜だったかもしれない(?)。

— 私はどうも死んでいて、土の中に横たわっている。私の横も上も下も、ぎっしりと、私のようなたくさんの死体が積み重なっている。なんだか、こんな状況が面白くて居心地も良く、確か笑ったと思う。それを、もう一人の私が、至近距離から観察している。ほどなく、ブルドーザーがやってきて、私たちの身体を一気に攪拌し混ぜこぜにし始めた。そうだ、私たちはコンポストになるのだ!堆肥になるのね〜。

— 目が覚めてしばらくボーと、このなんとも形容できない嬉しさ, のようなものが終日続いた。オリンも私も、樹木葬を選んでおり、土に還るってこういう感覚と喜びなんだろうか、と思った。これまでも、このような臨死体験ぽいのやら幽体離脱やらを何度か体験しており、これからの残された時間で, 私なりにそれらの意味することを解明して行こう。

In February of last year, I slipped on the ice, and my left leg’s femur was broken! Before the operation, I was in severe pain and morphine did not work, and when I woke up from general anesthesia, I found I was a cyborg.

From the time of the accident, for about a week, everything in my head was so messy, and even if I read the memo again, I couldn’t figure out what is what. So, the date of this near-death experience (or a kind of dreaming) is unknown, but it may have been the night when I returned from the hospital (?).

— I’m dead and lying in the soil. A lot of corpses like me are piled up next to me, above and below. Somehow, this situation was interesting and comfortable, and I think I laughed. Another person/I, is observing it from a close distance. Soon, a bulldozer came and began to stir and mix our bodies all at once. Yes, we will be compost!

—, I woke up, for a while something like this indescribable joy continued all day long. Both Orin and I chose tree burial, and I wondered if returning to the soil would be such a nice feeling and joy. I have experienced such near-death experiences and out-of-body experiences several times, and in the remaining time, I will try to clarify what they mean.

私は私を選びました : I chose me

ある事情から、私はヒプノセラピストのところに通った。当時ニューエイジを中心に流行った、いわゆる前世療法というやつである。セラピストは即座に私にこう言った。『私はノーマルな方法でのユング派ヒプノセラピストで、あなたの必要とする前世の解明とは無縁です。なので、ニューエイジ系の仲間を紹介できますが。』

その一言で、私は彼女を選んだ。信頼できると直感した。彼女に言われるまでもなく、私のコア、、、実父との確執、これだけは見たくも思い出したくもない大きなしこりになっていたので、ひょっとして、このセラピーはそこに向かうのでは?事実、彼女は私にこう言った、『まず、あなたの深層に向かいましょう、そこに、あなたの、ことに男性関係のつまずきの原因が考えられます』と。

都合、4回セッションを受け、2度目では、私は父を罵倒しとんでもない言葉を浴びせ、ワーワー大泣きをした(のは、覚醒した時、大量の涙や鼻水を拭ったと思われるティッシュが散らばっていたため)と思う。

3回目、セラピストの誘導を待たずして、私は深い催眠状態に入った。見えているそして感じ取れるイメージが, 脳内スクリーンに映し出された。どうも、宇宙船の窓から私は一つの胎児を眺めている、胎児はちょうど6ヶ月あたりで、同時に温かさや子宮内の感覚や情景が蘇った、私はこの胎児を選ぶ理由があった、それは唯一、この胎児の父親にあたる一人の人間を癒すため。同時に、激しい衝撃に近い感情がやってきた、「なんてこっちゃ!私の父親を癒すため、私は私を選んだのか?癒すどころか、私自身が最大限の侮辱や苦しさを味わされたではないのか?」

おそらくは、同時系列と思うが、一つの声?らしきものが聞こえた、いわく『すべては完璧で、そこには癒すも癒されるもなく、助けるも助けられるもない、すべては、あるがまま、であり、現象への全信頼、その究極を学ぶために、私は私を選んだのだ』。

覚醒したのち、私はこのビジョンを克明にセラピストに伝えた。彼女は全く無言で、否定も肯定もしなかったが、一つだけ質問してきた、『どうしますか?まだセッションを続けますか?』

このビジョンは私にはショックすぎた、人間がその現実から逃避するためには、脳はあらゆるトリックを使う。忘却させたり都合よくまとめたり、いわゆる病気にさせたり辻褄を合わせたり。でも、私は何か、そうじゃない、という確信があった。実のところ、今に至るまで、”助けなきゃ、助けたい” というエンパス志向、そうした傾向が当然のように付いて回ってきた。自分を放っておいても人を助けたい、という気持ちがずっとずっと続いていた。

父の臨終には間に合わず、母だけが病院に駆けつけた。もう何週間も意識はなく、何本ものチューブに繋がれ小さな胎児のように丸まって父は他界した。のちに母曰く、『驚いたことに、お父さん(母は父をこう呼んでいた)が突然しゃべりだしたよ!”全体的に僕の人生は良くもなかったし悪くもなかった”って。」母はかなりサイキックな一面もあったので、おそらくは彼女の心眼が見聞きしたのだろうか。

思い出を語る家族もない今、アナーキストであり性格破綻者でもあった父の生い立ち、私にとって忘れられないエピソードなど、いずれ書こうと思っている。

For some reason, I went to a hypnotherapist. I needed a so-called past life regression therapist that was popular mainly in New Age at that time. The therapist immediately told me: “I am a Jungian hypnotherapist in the normal way and have nothing to do with the elucidation of your previous life. So, I can introduce you to New Age friends.”

In one word, I chose her. I instinctively thought she could be trusted. I was afraid that under the hypnosis, it would surely take me to my core, my feud with my father, that a big lump that I never looked back on, however this therapy would be heading there? In fact, she said to me, “First, let’s go deeper into you, and then you can find especially the cause of the stumbling block in your male relationships.”

For convenience, I had four sessions, and the second time I cursed my father and surely I cried a lot (because when I woke up, I was littered with tissue paper that seemed to have wiped a lot of tears and runny nose).

The third time, without waiting for the therapist’s guidance, I went into deep hypnosis. The visible and perceptible image was projected on the intracerebral screen. Apparently, I’m looking at a fetus through the window of a spaceship, the fetus was just around 6 months old, and at the same time I felt like I was back in my mother’s womb, and I had a reason to choose this fetus for this life, I have to heal one human being, the father of this fetus. At the same time, feelings close to violent shock came, “What a hell! Did I choose me to heal my father? Far from healing, I myself experienced the utmost insult and suffering by him. OMG!”

(To my understanding, I, who is inside the spaceship, chose I, who is just fetus and will be born on the earth, also will be named SANAE. Anyway I was born prematurely.)

Simultaneously I heard a voice from deep inside me that seemed to say, “Everything is absolutely perfect, there is nothing to heal nor help, everything is as it is, and I chose me to learn the ultimate in trust in phenomenon.”

After awakening, I clearly conveyed this vision to the therapist. She was completely silent, neither denying nor affirming, but she asked only one question, “What do you want to do? Do you want to continue the session?”

This vision was too shocking to me, the brain uses every trick to escape from that reality. Forgetting, summarizing conveniently, pretending so-called illness, and/or to adjust the story to fit the situation. But I was convinced that it wasn’t just a delusion, it was very real to me. As a matter of fact, until now, my very big desire to follow the empathic tendency of “I have to help, I want to help” has naturally obeyed. I’ve always wanted to help people even if I don’t help myself or make time for myself.

I wasn’t in time for my father’s death, only my mother rushed to the hospital. Unconscious for weeks, my father, who was connected to a number of tubes and curled up like a small fetus, passed away. My mother said, “Surprisingly, Oto-san (she called her husband this) suddenly started talking! He said ‘My entire life was neither good nor bad’.” My mother also had a pretty psychic side, so surely her spirit comes into contact with the truth of existence through him?

I’m thinking of writing about the background of my father, who was an anarchist and had a personality disorder, and about an episode that I will never forget.