O氏の治療歴, そして今これから。その13

S君はニューバーグに引っ越してからというもの、その殆んどをランダー通りに面している第二の寝室で眠っている。最初は右手首の骨折のため、次に左足大腿骨骨折のため、不自由な動きで夜中にガサガサ動く。ベッドの隣にはすぐに用を足せるためのポータブルトイレを置いていた。O氏も大変な時期なので少しでもゆっくり眠ってもらいたい。S君自身が目一杯の負担なので、極力ストレスを生産しないこと。気楽にしていないと共倒れになる、、

もう一つの理由は、この3年間の間断ない化学治療に加えて、O氏自身が食べ物やらサプリメントを調べ上げ、治療の一環でガーリックとターメリックをふんだんに摂取することにも由来する。(のちに書くけど、ターメリックは摂りすぎちゃダメ)日々の食べ物や治療薬が体内で撹拌され、おそらくは、身体内部から皮膚を通して微妙に蒸発している複雑な匂い。どうにも馴染めぬ匂い。なんて悪妻なんだろね、とS君は自分を責めもしたがやっぱり自分自身の臭覚に忠実でいよう、と。

だって、O氏がモデxxを打った後は、なんとも言えない甘ったるい刺激臭が数日ベッドルームに漂っていて、臭覚過敏なS君には大変だったんです。

さて、、、肝臓か胃のあたりのチクチクする痛みが4月から5月にかけてO氏を襲う。結果はやはり肝臓の腫瘍とのこと。生検手術の終わりを待って、5月6日、あの分子標的薬・ローブレナ(100ミリグラム)を再開。主治医の説明で理解できる限りにおいては、本家本元のガン化したくて堪らない細胞達(?)が肝臓に発達勢力を伸ばしているそう。と言って、肝臓のみに集中治療を行うと、これまでせっかく落ち着いていた他のガンさんたちも目を覚ましかねない、ので、ローブレナ(分子標的錠剤)とキモセラピー(点滴治療、全身に回るので当然、良い子細胞たちも一気に弱る)の二つをこれからは続行、とのこと。

O氏の肝臓さんの状態は、もう手術も移植も不可能な水域だそう。そのための主治医の決断でもある、、、のですが。

ちょっと待ってくださいよ! 論理的には間違いなさそうではあっても、倫理、あるいは生体的にはどうなのよ?! S君のリサーチは瞬く間に始まる、副作用に関してはもう毎度お馴染みの言葉の羅列。こんなふうに効果がある、ただしこれこれの副作用、場合によっては(これまたお馴染み)重篤な事態も発生するので即ストップ。O氏の治療で最初の1年間は、免疫治療(キトルーダ)と化学キモセラピー(アリムタ)だった、が、この時は当時の主治医に忠告されていたにも関わらずO氏の頭髪はほぼ抜けることもせず、元気にしっかり頭にひっついていました。

この5月10日初回のキモセラピーは、”タクソル” という都会のオヤジっぽい名前。その都度、98ミリグラムとのこと。原料は或る種の植物由来らしい。アレルギーが発生するらしいので、キモの前のアレルギー回避の検査点滴あれこれ。待った無し。確実に頭髪は抜けます、と言われた。

キモで髪が抜けるということは早い話、正常な身体細胞も弱るか、復活不可能なほどのダメージを受けるか、ともかく異常事態になってしまうんだ、もう放射能障害と同等に思える。それでなくともおびただしい量の放射線治療は昨年受けている、しかも同じく肝臓に。

一番辛いのはO氏なのね、『もう、受け入れます、よろしくお願いします、効いてくれることを祈ります。まずは最初の連続6回キモセラピー(1週間に一度)で様子を見たいです。さらに継続しても構いません、ガン治療なのですから。』O氏からこんな言葉が聞こえるようだ。それでもS君が尋ねると、O氏自身の緊急課題は、”いかに自己を強く保つか、” だそうだ。そうでなきゃあ、ね。

きっと出口を見つけられる、だって、二人には『希望』という鍵を渡されているのですよ。

〜〜〜続く