indeepさんのブログから抜粋 : about Fear,

中村天風 『運命を拓く』 より

恐怖観念、詳しくいえば、病はもちろん、人事世事一切の出来事に対して、物を怖れるという気持ちくらい、価値のない結果を人生にもたらすものはない。

ところが、今までのあなた方は、ちよっとでも体が悪いと、すぐおののき、怖れている。わずかな運命に見舞われても、それが、とてもどえらい運命になってしまうように怖れてしまう。毎日の人生一切の出来事に対して、この恐怖観念で応接しているという場合が多い。

このくらい、人生というものを哀れな状態にするものはない。なぜかというと、恐怖すればするほど、価値のない結果が人生にくるからである。

ベーコンという哲学者がいった言葉に、「人の大いに怖るるところのものは必ず、遂に襲い来るべし」というのがある。これはまさに、このコンペンセーション(報償)の法則を、必然的のものであるという信念から人生を考えている偉大な哲学者の言葉である。

何度も言っているとおり、宇宙霊という生ける大きな生命は、常に我々人間の心で思ったり、考えたりする事柄の中で、特に観念が集中し、深刻な状態の時に、その観念が、その事柄に注がれると、咄嗟にそれを現実の「すがた」に表現しようとする自然作用があるのである。

さあそこで考えてみよう。一生忘れないような深刻な記憶に出来るくらいに、瞬間的でも、観念が集中されたとすると、それが宇宙霊の力を受け入れる「鋳型」が用意されたことになる。

そのとき出来上がっている「鋳型」というものが、良かろうと、悪かろうと、極めて確実な「すがた」が出来上がったことになる。そうすると、その恐怖している事柄が、やがて事実となって現実化してくる。

このように、天風さんは、「恐怖は自分の中で作られるもの」としています。

In this way, Mr. Tempu states that “fear is created within you.”

つまり、実際には不安とか恐怖という「純粋存在」というものはないのですけれど、「その人が不安になるから現実の不安がやってくる。恐怖を感じるから現実の恐怖がやってくる」ということを言っています。

In other words, there is no such thing as “pure existence” such as anxiety or fear, but he says, “Because that person becomes anxious, real anxiety comes. Because he feels fear, real fear comes.”

「事実は単なる事実」であり、「物事は単なる物事」であるわけで、そこに「不安」や「恐怖」という着物を着せているのは、いつでも私たち本人なんですね。 

“Facts are just facts” and “things are just things”, so it is always us who add the feelings of “anxiety” and “fear” to them.

社会が崩壊しようと、国民の半分が失業しようと、あるいは「自分が死ぬとして」も、それらは単に事実であり、そこに不安の着物も恐怖の着物も着させなければ、不安でも恐怖でもないというような。

Whether society collapses, half of the people are unemployed, or “I die”, they are just facts, and if you don’t add the feelings of anxious or afraid, you’re neither anxious nor scared. Like that.

from indeep’s blog; https://indeep.jp/life-after-novel-coronavirus-pandemic/  中村天風・Tempu Nakamura; https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%A4%A9%E9%A2%A8